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岩崎有波 インタビュー
葛藤の先につかんだ覚悟
1岩崎有波
小学生のときにゴールキーパーとしての才能を開花させた岩崎有波。代表経験やプロでの葛藤を糧に、着実な進化を遂げてきた。プロ3年目、さらなる高みを目指す背番号1が、これまでの歩みと現在地、そして未来への決意を語る。
「『サッカーを続けよう』と思えた一つの分岐点だった」

2006年、岩崎は沖縄県那覇市で産声を上げた。両親はもともと沖縄の出身ではなく、父親の仕事の都合で当時は沖縄に居を構えていたという。幼稚園に入る前には神奈川へ引っ越したので、当時の楽しかった記憶はかすかに覚えている。
姉が1人、兄が2人の4人きょうだい。芸術の道を選んだ姉とは、今でもたまに会うことがあるという。
「姉はどちらかというとインドア派で、今は絵を描く仕事をしていて、ちょうど東京で個展を開いているところなんです。結婚して旦那さんと暮らしていますが、タイミングが合えば姉と二人で一緒に出かけたりもします」
岩崎がサッカーにのめり込むようになったのは、兄の存在がきっかけだった。活発な兄の背中を追うようにして、自然とボールを蹴り始める。
「子どもの頃は、よく兄たちとも遊んでいました。自分がサッカーを始めてからも、一緒に練習をすることが多かったです。長男は大学でもサッカーをして、今は社会人チームに入っています。次男は横浜F・マリノスのユース出身で、16歳か17歳の頃に代表も経験し、今はオーストラリアでサッカーを続けています」
岩崎がチームに入ったのは、小4のとき。兄も在籍していた地元の「FC80洋光台」に加入した。それまでバスケットボールもしていたが、ほどなくしてサッカー一本に絞ることを決意。男子に混じってプレーする中で、体格の良さは一際目を引いていたという。
そんな彼女に転機が訪れる。小5のとき、横浜市のトレセンに参加した際、ゴールキーパーとしての才能を見いだされた。
「バスケの経験があり、ボールをキャッチするのも得意で、恐怖心も全くなかったんです。フィールドプレーヤーの頃は走るのがあまり好きではなくて、『キーパーのほうが少し楽かな?』という気持ちも正直ありました(笑)。上の兄もキーパーでしたし、いざ始めてみると、ゴールを守ることに楽しさを感じていましたね」
2018年2月には「神奈川県TC U12 バンデ」の一員として、「JFA関東ガールズ・エイト(U-12)サッカー大会」に出場し、見事優勝を果たす。その経験が、岩崎に自信をもたらした。
「最後の大会で優勝できたことは、自分の中で本当に大きかった。『サッカーを続けよう』と思えた一つの分岐点でした。この大会をきっかけに、ナショナルトレセンにも呼んでもらえるようになったんです。うまい人たちとのプレーが楽しくて、『またこういう場に呼んでもらえるように頑張ろう』と、明確な目標ができました」
「『このチームを勝たせたい』と強く思うようになった」

中学進学に伴い、次なるステージとして選んだのは、ノジマステラ神奈川相模原アヴェニーレ(U-15)だった。当時の心境を、岩崎は苦笑いを浮かべて振り返る。
「最初は『なんでこんなに走らされるんだろう?』と思いました(笑)。キーパーもフィールドと同じ距離を走ることに驚かされたんです。練習はきつかったですが、頑張った分だけ自分が着実に成長している実感もありました」
そんな「走る日々」の中で、彼女のサッカー人生に強烈な記憶として刻まれた試合がある。2018年7月、中1のときに出場した「JFA 第23回全日本U-15女子サッカー選手権大会」だ。
「もともと、ものすごく緊張するタイプなんです。その全国大会ではずっとベンチにいて、一度も試合には出ていませんでした。なのに、3位決定戦の前夜、急に監督に呼ばれて『明日、行けるか?』と。もちろん『出られません』なんて言えるはずもなく。前日から続いた緊張感は、今でも忘れられません。当日も、朝ご飯はなんとか食べられたのですが、試合前のアップ中にどんどん気持ち悪くなってきて......結局、トイレに駆け込んで吐いてしまいました。それくらいプレッシャーを感じていたんです」
3位決定戦の対戦相手は、浦和レッズレディースジュニアユース。岩崎はスタメンとしてゴールマウスに立つも、チームは0-5という完敗を喫した。
「中1のときにあの試合に出ることができて、今思えばいい経験になりました。そこから少しずつ試合に出させてもらえるようになり、意識も変わっていったんです。『うまくなりたい』という気持ちだけではなく、『このチームを勝たせたい』と強く思うようになりました。それが、アヴェニーレでの3年間で一番得られたものだと思っています」
2021年、高校進学を機に、ノジマステラ神奈川相模原ドゥーエ(U-18)への昇格を果たす。
「いざドゥーエでピッチに立つと、レベルもスピードも格段に上で、『また一から。必死についていこう』と気が引き締まりました。転機になったのは高1のとき、磯上まみさん(現ニッパツ横浜FCシーガルズ GKコーチ)がGKコーチに就任されて、専門のコーチが常にいる環境になり、ポジションへの向き合い方が変わりました。高2のときにケガで3カ月ほど離脱した際も親身に支えていただいて。あの2年間は、自分のキャリアの中でも特に濃い時間でした」
そして2022年10月。岩崎はU-17日本女子代表の一員として、インドで行われた「FIFA U-17女子ワールドカップ」の舞台に立つ。彼女にとって、それは未知なる扉を開く大きな経験となった。
「素直に、めちゃめちゃ楽しかったです。と同時に、日本を代表してプレーするプレッシャーも強く感じました。ただ、不思議なことに自分は、代表戦のほうがあまり緊張しないんです。U-17ワールドカップはその代の集大成だったので、『もうやるしかない』と吹っ切れた気持ちで試合に出て、とにかく楽しむことができました」
「試合の流れを自分で作らないといけない責任がある」

2022年10月、岩崎は高校2年生で育成組織TOP可選手としてノジマステラ神奈川相模原のトップチームに登録される。2023年11月には昇格内定、2024年2月には正式加入。念願のトップ昇格を果たしたときの心情を、彼女はこう振り返る。
「1人しか上がれないこともあるシビアな世界だと分かっていたので、昇格することができてすごくうれしかったです。今はこれまで以上にサッカーについて考える時間が増えています」
待望のデビューは2023年9月、WEリーグカップ第2節の三菱重工浦和レッズレディース戦。83分からの途中出場だった。
「負けている状況での出場だったので、『え、今?』という感じでした。でも、過度な緊張はなく『やるしかない、失点しないようにやろう』という気持ちで入れました。どちらかというと、スタメンのときのほうが、最初から試合の流れを自分で作らないといけない責任があるので、今でもめちゃめちゃ緊張します」
2024年3月、WEリーグ第12節の大宮アルディージャVENTUS戦。岩崎はついに初めてのスタメン入りを果たす。
「前日の練習でも、いろんな人に『緊張してるの?』と聞かれて、正直に『緊張してます』と答えていました。周りは『大丈夫だよ』と言ってくれるんですが、自分の中では『絶対に大丈夫じゃない』と思っていて。試合前もめちゃめちゃ緊張しましたが、ナギさん(池尻凪沙)がアップのときから自分を笑わせようとしながら、励ましてくれました」
1年目の2023-24シーズンはリーグ戦3試合に出場。2年目は出場機会を6試合に増やし、「FIFA U-20女子ワールドカップ コロンビア」の代表メンバーにも選出された。しかし、その裏側で、彼女は「ギャップ」に苦しんだ。
「自分としてはチームでの活躍を第一に考えていたのですが、代表活動でチームを離れることが多くなり、もどかしい時期でした。代表では試合に出られたとしても、所属チームでは出られない。自分のチームで試合に出られなければ、いずれ代表にも呼ばれなくなる。両立がうまくできず、1年目とはまた違う悩みに直面していました」
誰にも言えない悩みを抱えていた彼女に、そっと手を差し伸べたのは経験豊富な先輩だった。
「自分はあまり口に出せないタイプなんです。わざわざ誰かに相談するのも恥ずかしいという思いがありました。でも、フブさん(久野吹雪、現アルビレックス新潟レディース)は、ちょくちょく『最近どうなの?』『あまりうまくいってないの?』と気にかけてくれて。自分は、優しくされるとすぐ泣いてしまうタイプなので、そのときは大号泣しながら気持ちを打ち明けました」
「役割を果たせたと実感できた試合だった」

プロ3年目を迎えた今シーズン、岩崎は自らの現在地を冷静に見つめ直している。
「今シーズンは少し余裕が生まれたと感じています。最初のシーズンは『うまくやらなきゃ』と考えすぎて、思うように成長できなかった。『とにかく自分ができることを』と必死でしたが、今はやりたいことにも積極的に挑戦できています。もともとキックが得意でしたが、最近は櫻林コーチとパス練習を重ね、ビルドアップの成長も実感しています。これまで積み上げてきたことが定着し、新たにできるようになったことが増えました。前半戦を終えて、そんな手応えを感じています」
昨年12月のアウェイ・サンフレッチェ広島レジーナ戦。岩崎はフル出場を果たし、3-0の完封勝利に貢献した。あの一戦は、彼女にとって大きな自信となった。
「簡単な試合にならないことは全員が分かっていました。覚悟が決まっていた分、失点への怖さや無駄な緊張はなく、ファーストシュートを止めたことで流れに乗ることができました。その後も前線が点を取ってくれたので、絶対にゼロで抑えようと。ビルドアップを含め、キーパーの役割を果たせたと実感できた試合でした。あの試合のようなプレーを当たり前にしていきたいです」
過酷なシーズンを戦い抜く中、オフの時間は心身を解きほぐす貴重なひとときだ。
「最近は料理を頑張っています。優華さん(風間優華)やひめさん(白井ひめ乃)と出掛けたときに買った圧力鍋を愛用しています。昨日は『白菜と豚肉のミルフィーユ』を作りました。一愛(笹井一愛)やひめさんのために作った『ホワイトシチュー』も好評で、今では自分の得意料理です」
いよいよ再開されるリーグ戦。岩崎は課題に向き合いながら、さらなる高みを目指す。
「広島戦の結果を次につなげるためにも、まずはクリーンシートを目標にしたいです。チームとして失点数を減らすことが求められているので、練習から意識を高く持ち、キーパーとしてそこを追求していきたいです」
たった一つのポジションを、池尻や風間と争う。過酷な競争の中にありながら、そこにはステラらしい絆も存在する。
「練習中はバチバチするというより、アドバイスし合いながら高め合っています。誰が出てもおかしくない状況だと感じていますが、最後に『この人に任せよう』と思ってもらえるように練習でアピールしていきたい。誰が出るかギリギリまで分からない緊張感も、プラスに働いていると感じます。その中でも、正ゴールキーパーになるという目標は変えずに、毎日全力で取り組んでいきたいです」
プロフィール
岩崎 有波
IWASAKI Uruha
2006年3月13日生まれ、沖縄県那覇市出身
FC80洋光台 - ノジマステラ神奈川相模原アヴェニーレ - ノジマステラ神奈川相模原ドゥーエ - ノジマステラ神奈川相模原(2023/24シーズン~)
(文=大西徹・株式会社アトランテ)