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白井ひめ乃インタビュー
古巣との対戦に、心を燃やして
22白井 ひめ乃
アルビレックス新潟レディースのアカデミー育ち。トップチームに昇格後、新潟医療福祉大学への期限付き移籍を経て、再びアルビレックスに帰還した。2025年6月には、さらなる飛躍を期してノジマステラ神奈川相模原に加入。古巣との対戦に強い意欲を見せる背番号22が、これまでの軌跡を語った。
「『将来はこのチームにいたいな』と自然に考えていました」

2000年生まれ、新潟県新潟市出身の白井ひめ乃がサッカーを始めたのは、二人の兄の影響が大きかったという。幼少期から兄たちに混じり、無心でボールを追いかける日々を過ごした。地元チーム「FC東山の下ウィステリア」での思い出を、こう振り返る。
「チームに入ったのは小1のときです。当時は身近に女子チームがなく、男子の中で女の子は私一人という環境でした。ただ、入る前から兄の真似をしてリフティングをしていたので、チームに入る頃にはある程度できるようになっていたんです。当時は女の子扱いされるのがすごく嫌で、見た目も男の子みたいにしていましたね。男子よりも点を取っていましたし、セットプレーも全部自分が蹴っていました。とにかく負けず嫌いな子どもで、周りの男子に負けたくない一心でした」
小5になると、その実力が認められて地区トレセンにも呼ばれるようになった。
「各地区のうまい子が男子のトレセンに集まっていたので、とにかく必死に食らいついていく毎日でした。その後、トレセン内に女子チームの『新潟東クラブレジェーラ』ができたので、男子の活動に参加しつつ、女子の大会があるときはそのチームにも呼ばれてプレーしていましたね」
そんな白井の日常には、常に「アルビレックス」の存在があった。
「物心ついたときから、新潟には男子の"アルビ"と女子の"レディース"がありました。幼稚園の頃、レディースの選手たちがサッカー教室に来てくれたことを覚えています。実はそのとき教えてくれた選手が、後に自分がアルビレックス新潟レディースU-15に入ったときの監督だったと後で知って驚きました。幼いながらも『将来はこのチームにいたいな』と自然に考えていましたね。男子の試合もよく見に行きましたし、女子の試合に足を運ぶこともありました」
2013年、中学進学を機に、アルビレックス新潟レディースU-15のセレクションへと挑んだ。当時の盛り上がりを次のように振り返る。
「小5のときになでしこジャパンがワールドカップで優勝し、女子サッカーブームが起きていた時期でした。一つ上の代までは一次選考でほぼ決まっていたそうですが、自分たちの代は志望者が増えて、三次選考まで行われたんです。ずっと憧れていたアルビの一員になれると決まったときは本当にうれしかったですね」
U-15時代の思い出をひも解くと、毎年夏に開催されていた「全日本女子ユース(U-15)サッカー選手権大会」での戦いが真っ先に浮かび上がるという。チームではFWやシャドーを務めていた。
「中1のときはチームに入ってすぐに予選が始まりましたが、残念ながら全国大会出場を逃してしまいました。当時はまだ、全国に行くことの重みを自分なりに理解できておらず、後になってから、どれほど重要な舞台を目指していたのかを実感したんです。その後、中2では全国4位となり、中3では全国3位という結果を残しました。特に中3のときの3位決定戦はPK戦までもつれ込み、自分もキッカーとしてギリギリでしたが決めることができて。あの試合は今でも一番の思い出ですね」
2016年、高校進学とともにアルビレックス新潟レディースU-18へ正式に昇格を果たした。その年の12月、今も忘れられない光景を目の当たりにする。フクダ電子アリーナで行われた皇后杯 JFA全日本女子サッカー選手権大会の決勝。アルビレックス新潟レディース対INAC神戸レオネッサの激闘を、白井はスタンドから見つめていた。
「満員のスタジアムで戦う選手たちの姿を見て、すごくカッコいいなと思いました。試合は惜しくもPK戦で敗れてしまいましたが、自分もいつかこんな雰囲気の中でプレーしたいと思い、そこからレディースへの昇格を意識するようになりました」
中学生の頃から練習生としてトップチームのトレーニングに参加していたが、高校進学後にはその頻度がさらに増していった。高3のときには、ついに「下部組織登録選手」として実戦のピッチに立つチャンスをつかんだ。トップチームではサイドバックとしてなでしこリーグ16試合に出場。高校生にして国内最高峰の舞台で戦い抜いた日々は、白井を飛躍的に成長させた。
「あの一年はとにかくついていくのに必死で、周りの先輩に助けられながら、なんとか食らいついていました。チームがなかなか勝てない苦しい時期に試合に出させてもらう中で、悩みは尽きませんでしたが、自分が成長できた一年だったと感じています」
「大学に行かなかったら今の自分はありません」

2019年、アルビレックス新潟レディースに正式加入し、同時にクラブと提携している新潟医療福祉大学へと進学する。大学に通いながらレディースの一員として活動する日々が始まった。
しかし、そこで待っていたのは厳しい現実だった。高校時代にはリーグ戦16試合に出場していたが、この年の出場はわずか2試合にとどまる。
「1年目は試合に絡めなくなり、前の年に試合に出ていた分、そのギャップに苦しみました。周りからの見られ方も気になって、本当にサッカーが嫌になった一年でしたね。高校生のときは『まだ若いのに試合に出ている』と好意的に見てもらえますが、大学生になればもう一人の大人です。試合でミスをしても、高校時代のような甘えはいっさい通用しませんでした」
2年生となり、現状を打破するために新潟医療福祉大学女子サッカー部への期限付き移籍を決断した。ところが、今度は世の中がコロナ禍に見舞われ、活動制限によって自由な生活さえも奪われてしまう。
「大学では中心選手としてチャレンジリーグを戦いました。レベルの高い環境で試合数を重ね、1年でレディースに戻りたいと思っていましたが......。でも、その年は1勝もできずに最下位で終わってしまい、結局レディースに戻ることはできませんでした」
2021年9月、日本初の女子プロサッカーリーグであるWEリーグが開幕する。その舞台を遠くに見ながら、白井は大学での活動を続けていた。だが、この「遠回り」が、彼女のサッカー人生を救う大きな転換期となる。
「大学に行かなかったら今の自分はありません。もしあのままレディースに居続けていたら、たぶん腐ってしまい、燃え尽きていたと思います。移籍が決まり、心が折れかけてふてくされたこともありましたが、それを正してくれる仲間や指導者に恵まれました。大学で試合に出て、悩み続けた3年間があったからこそ、成長できたと思っています」
4年生だった2022年10月、「JFA・WE リーグ/なでしこリーグ特別指定選手」としての承認を受け、復帰の時は、すぐに訪れた。11月、ホームのデンカビッグスワンスタジアムでWEリーグデビューを果たす。さらに翌節、同じくホームで行われたステラ戦にスタメンとして名を連ねた。左サイドからのクロスに合わせ、左足で鮮やかなダイレクトボレーをたたき込んだ。それは、記念すべきWEリーグ初ゴールとなった。
「ボールが来た瞬間、『ダイレクトで打てる』と思い、自信を持って振り抜くことができました。決めた瞬間は喜びが爆発しましたね。最終的には敗れてしまいましたが、個人的にはようやく一歩を踏み出せた試合でした」
2022年12月、アルビレックス新潟レディースへの加入内定が正式に発表された。22-23シーズンはリーグ戦17試合に出場して2得点を挙げ、続く23-24シーズンには20試合に出場し、WEリーグカップでは決勝の舞台を経験する。順風満帆なプロ生活をリスタートさせたかのように見えた。
しかし、24-25シーズンに入ると状況は再び一変する。リーグ戦での出場は5試合にとどまり、かつて経験した出場機会の減少という現実に再び直面することとなった。
「メンバー外になることが増え、最初は『またこうなったか』と思いましたが、大学時代にあの経験をしていたので、腐ることはありませんでした」
「成長した姿をしっかり見せたいです」

2025年6月、ステラへの加入が発表された。プロとしての岐路に立たされていた白井にとって、この移籍は単なる環境の変化以上の意味を持っていた。
「加入が決まったのは、けっこうギリギリのタイミングでした。前のシーズンはほとんど試合に出られず、なかなか声もかからなかったので、『このままサッカーを辞めることになるのかな』と思ったこともあります。だからこそ、声をかけていただいたときは『まだプロサッカー選手でいられるんだ』という安心感と同時に、『プロである以上、もっとやらなければいけない』という責任感が湧いてきました」
加入直後の8月には、アウェイでのセレッソ大阪ヤンマーレディース戦で早くもピッチに立った。10月にはスタメンの座を勝ち取るなど、実戦を重ねる中で着実に手応えをつかんだ。
「久しぶりのスタメンはワクワクしましたが、緊張してしまい、あまりサッカーを楽しめなかったのが反省点です。その後はとにかく楽しもうと気持ちを切り替えました」
チームを率いる小笠原唯志監督との関係性も、日々のコミュニケーションを通じて深まりを見せている。
「オガさんからは、とにかく『攻撃的な選手であれ』と言われています。『前を向け』『攻撃の良さを消すな』と常に求められますね。プレーに迷いや弱さが出ると、『もっと貪欲にガツガツ行け』『自分を出せ』と言われています」
25歳になり、気づけばチーム内に年下の選手が多数いる立場になった。新潟時代には「かわいがられる末っ子」のような存在だったが、今は少し意外な立ち位置を築きつつある。
「こっちに来てからは、笹井姉妹(一愛、優愛)や(加藤)真実のような年下の選手と関わることが増えました。ただ、年下の選手からは全然先輩だと思われていないようです。優愛には『ひめは最年少だから』と言われますし、完全になめられていますね(笑)。でも、自分から後輩をかわいがる経験が少なかった私にとっては、向こうから遠慮なくグイグイ来てくれる今の関係性は、むしろ助かっています」
新潟時代は実家暮らしだったが、移籍を機に始まった初めての一人暮らしにも、ようやく慣れてきたという。
「こちらに来て1週間でホームシックにかかってしまい、最初の2カ月は2連休があればすぐに車を走らせて新潟へ帰っていました。でも、今は一人暮らしの気楽さも感じていますし、ようやく神奈川での生活を楽しめるようになってきました。何でもそろっていてすぐ東京にも出られますし、関東にいる友達にも会いに行きやすいのがいいですね。オフの日は(風間)優華さんや真実と一緒にお風呂に行くのが大好きで、湯上がりにみんなでご飯を食べる時間がとても楽しいです」
今年は、古巣・新潟との対戦が立て続けに控えている。3月14日のWEリーグカップ第5節(新潟市陸上競技場)を皮切りに、22日の第6節(相模原ギオンスタジアム)、そして5月9日にはWEリーグ第21節(デンカビッグスワンスタジアム)が開催される。
「前回の新潟戦は終了間際の出場で、サポーターの皆さんに自分らしいプレーを見せることができませんでした。次の対戦では、1分でも長くピッチに立ちたいです。かつてのチームメートやサポーターの皆さんの前で、成長した姿をしっかり見せたいですね」
現在は主にサイドバックを務めているが、その視線は常にゴールへと向いている。
「攻撃にはどんどん関わっていきたいです。アシストでも得点でも、目に見える数字で結果を残したいと思っています。前回の試合後、アウェイ側まであいさつに行ったときは、どうすればいいか戸惑いましたが、サポーターの皆さんは温かい拍手で迎えてくれました。次は新潟のホームなので、より多くの方が集まると思いますが、ブーイングだけはやめてほしいですね(笑)」
もし、古巣への「恩返し」となるゴールやアシストが生まれたら、どのような表情を見せるのだろうか。
「そういうとき、素直に喜んでいいのか、それとも抑えるべきなのか、どちらがいいんでしょうね。でも、心の中は燃えています。とにかく決めたいです」

プロフィール
白井 ひめ乃
SHIRAI Himeno
2000年5月25日生まれ、新潟県新潟市出身
FC東山の下ウイステリア - アルビレックス新潟レディースU-15 - アルビレックス新潟レディースU-18 - アルビレックス新潟レディース - 新潟医療福祉大 - アルビレックス新潟レディース - ノジマステラ神奈川相模原(2025/26シーズン~)
(文=大西徹・株式会社アトランテ)