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パオラソルデヴィラ インタビュー
日本で紡ぐ新たな物語

6パオラソルデヴィラ

スペイン・カタルーニャ州の小さな村でボールを蹴り始めた少女は、やがてレアル・ソシエダで女王杯を掲げ、ここ日本で新たな物語を紡いでいる。ノジマステラ神奈川相模原の背番号6が語る、これまでの道のり、不思議な運命、そしてチームと共に目指す新たな景色とは。

「2つのチームでプレーできたことは、私にとって大きな誇り」

パオラは1996年、カタルーニャ州タラゴナ県のポレラという村で生まれた。州都バルセロナから車で約2時間、人口わずか400人ほどののどかな場所が、彼女の原点だ。

きっかけを作ったのは、1歳上の兄だった。

「小さい頃から、何をするにも兄と一緒でした。兄が先にサッカーを始めて、私も5、6歳の頃には自然とボールを蹴っていたのを覚えています。実は12歳ぐらいまでテニスもやっていましたが、やっぱり兄や友達とサッカーをするほうが楽しくて。最終的にはサッカー一本に絞ることにしました」

祖父も父もプレー経験があり、兄も長く競技を続けたサッカー一家。兄はユース時代にオサスナに在籍し、大人になってからも4部相当のリーグでプレーするほどの選手だったという。

パオラが最初に所属したのはサンテス・クレウス。8歳から12歳までは男子に混ざってボールを追い、その後、レウスでプレーする機会を得る。

「私は小さな村の出身なので、レウスに移ったときは、初めて生活圏を飛び出したような感覚でした。週3回、女子チームでサッカーをするのが楽しみだったんです。16歳までの4年間、あの頃の思い出は忘れられないですし、当時のチームメートとは今でも仲良しです」

16歳のとき、パオラに転機が訪れる。ナスティックからオファーが届いたのだ。

「レウスにいたときに『来てほしい』と電話をもらいました。ただ、ナスティックはレウスよりもさらに遠く、両親の送迎が大きな課題でした。それでも、もっと高いレベルでやりたいという気持ちになり、家族と相談して通うことにしました」

ナスティックでは20代の選手も多く、周りの環境は激変した。

「チームには20代後半の選手もいました。そこで1年過ごした後、カタルーニャ州選抜とU-17スペイン女子代表に選ばれました。ナスティックから代表入りしたのは私が初めてだったそうです」

2013年にはU-17スペイン女子代表として欧州選手権に出場し、3位入賞に貢献。彼女自身も大きな手応えを得た。

「代表にはビッグクラブの選手ばかりがいて、小さなクラブから来た私は、最初はすごくシャイになっていました。でも、周りに支えられながらプレーできて、注目もされるようになりました。その代表とは違い、カタルーニャ州選抜は家族のような温かさがありましたね。この2つのチームでプレーできたことは、私にとって大きな誇りです」

「すごいことを成し遂げたんだなと実感が湧いた」

ナスティック、カタルーニャ州選抜、そしてU-17スペイン女子代表。着実にステップアップを果たしたパオラは、2013年にバルセロナ市内のクラブ、サンガブリエルへ移籍する。

「サンガブリエルは、私にとって大事なステージでした。地元のポレラからバルセロナまで片道1時間半以上。週4日、母が夕方5時に学校へ迎えに来てくれて、そこからクラブまで移動して、帰宅するのはいつも深夜12時近く。家でゆっくりする時間はほとんどありませんでした」

それでも、彼女はその選択を後悔していない。

「バルセロナ市内のクラブに入ったことで、周りのレベルが一気に上がったのを肌で感じました。私にとっては、本当に価値のある時間ばかりでした」

実はこのサンガブリエル時代、現在ステラでヘッドコーチ兼分析を務める櫻林亜佐子氏とチームメートだった。現在、櫻林はパオラの通訳も担当している。

不思議な巡り合わせはそれだけではない。当時18歳の彼女のもとに、日本のファンから1通のメッセージが届いたのだ。

「代表やサンガブリエルでのプレーを見てくれていた日本のファンから、Facebookで連絡が来たんです。なんと日本代表のユニフォームを送ってくれました。今でも実家にあるはずです。当時はまだ若かったので、海外の18歳の選手を追っているなんてすごいなと驚きました。結果的に私が日本に来ることになったので、すごく運命的ですよね」

2015年、U-19スペイン女子代表として欧州選手権で準優勝を経験。長く暮らしたカタルーニャを離れ、バスク地方のサン・セバスティアンへ。レアル・ソシエダへの移籍を決断した。

「実家を離れることになりましたが、決断は難しくなかったです。向こうには代表やカタルーニャ選抜で共にプレーした選手もいましたし、クラブの受け入れ体制もしっかりしていました。それに、ちょうど兄も車で2時間ほどのログローニョでプレーすることになり、親が顔を見せに来てくれることもありました」

そして加入4年目の2018/19シーズン、最大のハイライトが訪れる。コパ・デ・ラ・レイナ(女王杯)決勝。相手はリーグ屈指の強豪、アトレティコ・マドリーだった。

「あれは一番の思い出です。正直、優勝できたことに自分たちでも驚きました。アトレティコはリーグ戦で圧倒的な強さを誇っていましたし、スタジアムも相手のホームのような雰囲気。誰もがアトレティコの勝利を予想していたと思います。逆に私たちはリラックスして戦えました。クラブの女子チームにとって初のタイトルでしたし、サン・セバスティアンに戻ったとき、沿道を埋め尽くす人たちが出迎えてくれて......すごいことを成し遂げたんだなと実感が湧きました。思い出すだけで鳥肌が立ちます」

「キャプテンを任されていたので責任も重かった」

2019/20シーズンからは再びカタルーニャへ戻り、エスパニョールでプレーする。しかし、最初のシーズンは新型コロナウイルスのパンデミックにより、リーグ打ち切りという不測の事態に見舞われた。

「厳しい外出制限がかかり、兄や家族のことも心配で、もどかしい時期でした。それでも、歴史あるクラブで2年間プレーできたことはいい思い出です。やっぱり私にとってカタルーニャは、いつか帰りたい場所です」

その後、2021/22シーズンからはビジャレアルへ。女子チームが初めて1部へ昇格したタイミングでの加入だった。

「ビジャレアルは男子チームが有名ですが、女子はこれからという時期で、昇格したばかりのチームを1部に定着させる、という大きな使命がありました。キャプテンを任されていたので責任も重く、気持ちがずっと張り詰めていましたね。結果的に3シーズンは1部残留を果たすことができました」

そして2024年、INAC神戸レオネッサからオファーが届く。だが、すぐに決断を下せたわけではなかった。

「最初は、日本からオファーが来たなんて信じられませんでした。スペインの外で暮らしたこともないし、日本はあまりに遠い国。もし行って帰りたくなったらどうしよう......そうやって1週間ほど悩み続けました」

迷う背中を押したのは、兄だった。

「兄が大の日本好きで、『絶対に行くべきだ』『プロとしてもっと成長できる』と熱心に勧めてくれたんです。兄自身、なでしこジャパンがワールドカップで優勝した試合も見ていて、『日本のサッカーは素晴らしい』と常々言っていました。その言葉を聞いて、覚悟が決まりました。あのとき背中を押してくれた兄には感謝しないといけないですね」

こうして始まった日本での挑戦。神戸では2024/25シーズンの1年間でリーグ戦全22試合に出場し、彼女自身にとっても多くの刺激を受けた一年となった。

「リーグ戦では最終節まで優勝争いができましたし、WEリーグカップも決勝まで進むことができました。皇后杯は準決勝で敗れてしまいましたが、高いレベルでプレーできてよかったです」

試合に出続けながらも、その裏には異文化への適応という見えない戦いもあった。

「スペインと日本は文化も言語も、そしてサッカーのスタイルも全く違います。だからこそ、来日してからはできるだけ早く順応しようと心掛けてきた一年でした」

「相模原や座間あたりがすごく好き」

今シーズンからステラで新たな挑戦を始めたパオラ。リーグ戦では、ちふれASエルフェン埼玉、AC長野パルセイロ・レディース、アルビレックス新潟レディース相手に勝利を収めた。中でも、加入後の初勝利は格別だったという。

「チームを助けるためにここに来たので、EL埼玉戦でようやくその役割を果たせた気がして。試合後にみんなが喜んでいる姿を見て、本当にうれしかった。どれだけ自信を持っていても、結果が出なければ確信には変わりません。あの1勝でチーム全体に自信が生まれ、その後のAC長野戦や新潟L戦につながっていったと思います」

不動のセンターバックとして彼女がこだわっているのは、守備の原点である「失点しないこと」だ。

「失点をゼロに抑えて1点取れば勝てます。攻撃面では、ただパスをつなぐのではなく、味方が助かるようなパスを意識しています。オガさん(小笠原唯志監督)は細部までこだわる監督で、ボールを受ける角度や体の向きなどを細かく指摘してくれます。そのおかげで、プレーの意識が自然と変わりました」

休日は横浜や鎌倉へ出かけることもあるが、彼女が気に入っているのは、ホームタウンの穏やかな日常だ。

「いつも驚かれるんですが、相模原や座間あたりがすごく好きなんです。落ち着いていて心地いいんですよね。近くのカフェで日本語の勉強や読書をして過ごすこともあります。神奈川でまだ行ったことのないところをもっと開拓したいです」

普段は優しい表情のパオラだが、ピッチに立てばその眼差しは鋭さを増す。かつてスペインで頂点に立った彼女は、勝利への強いこだわりを隠さない。

「もちろん、タイトルを取りたいという気持ちは持っています。そのためには、目の前の試合を全力で戦い、勝利を積み重ねていくしかありません。カップ戦も行われ、リーグ戦も後半戦に入っています。ファン・サポーターの皆さんが幸せな気持ちになれるよう、とにかく結果にこだわって、最後まで戦い続けます」

プロフィール

パオラ ソルデヴィラ
Paola SOLDEVILA

1996年12月7日生まれ、スペイン タラゴナ県ポレーラ出身
EF ヴァイス ナスティック(スペイン) - CE サン・ガブリエル(スペイン) - レアル ソシエダ(スペイン) - RCD エスパニョール(スペイン) - ビジャレアル CF(スペイン) - INAC神戸レオネッサ - ノジマステラ神奈川相模原(2025/26シーズン~)

(文=大西徹・株式会社アトランテ)